神社について[ 第1話 ]

第2話  第1話
神社について大和の悩み
  1. 田舎の神職を息子に継がせられない
  2. 田舎のお宮の運営はお金がかかる(皆さん必死で守っている)
  3. 生活(口演)を優先するあまり氏子との信頼が薄れる
  4. 出張と口演を優先させるために地域の方々にかなり迷惑をかけている
  5. そして今の田舎の方々に決して無理を言える現状ではない
私には大きな悩みが二つあります。
悩みは田舎でのお宮の経営をどうするかです。
私は宇目町という小さな町のお宮の宮司の家に生まれました。
(生まれたいと思って生まれたわけではありません。生まれた所がそうでした。)
700年以上続いているいわゆる社家(しゃけ)で、宇目町の人は私が後を継ぐのが当たり前と思っていたようで、私も継ぐのは当たり前と思っておりました。いや他の人に継がせたくないとも思っておりました。
鷹鳥屋神社を作った人は、矢野弥忠治さんと言います。
私の先祖です。そして私の父も弥忠治さんと言います。つまり私の先祖の名前を父は貰ったわけです。私の名前も何代目かの方の名前を貰ったようです。
父はよく「田舎では宮司だけでは生活できない。父ちゃんの名前は先祖と同じだ。同じ名前で始まり同じ名前で終わるという事かなあ。」と終わりをほのめかしていました。
46歳の歳で死ぬまで私にお宮の事を全く話さず、私に後を継げと全く言わなかった人です。私は18歳までお宮の事は一切知りませんでした。父自身もまさかこんなに若くして死ぬとは思っていなかったのではないでしょうか。
私は國學院大學に行きました。
お宮の跡取りが行く大学で、神職資格が取れる大学です。神社の事は2年間学び、資格も取れましたし、役場にも就職できて公務員と神職と二足の草鞋を履きました。神様と地域の方々に生活の糧を頂いたと思っています。すべて事情をくんでくれた町長さんや氏子さんのおかげだと思っています。
しかし大変でした。
土日が神事、月~金までは役場、途中でもう一人の神職さんが亡くなり(この家の御子息は後を継がれませんでした)、28社に27社のお宮が加わり、55社のお宮を持つことになってしまいました。
3000人の町に55もの神社があります。敬神崇祖の豊かな所でもあるし、いかに小さなお宮が多いかわかると思います。人口が少ないので、お宮が多いという事は氏子の数が少ないという事です。氏子の数が少ないという事は、維持をしていく事が本当に大変な事なのです。
私はお宮をつぶす事はできません。
なんとかお宮を守って行きたいと考えています。しかし中々難しいのが現実です。とにかく氏子がいなくてもお宮は存在するのです。1家族で守って頂いたお宮もあるのです。が氏子の方も大変です。感謝しなければなりません。
しかしもう限界が来ています。
神社本庁に収めるお金も集まらず、私が立て替えているのが数社あるのが現実です。でも悩みはこんな事ではありません。公務員を辞めて今口演を仕事にしながらお宮を守っていますが、それで口演の仕事を優先するあまり「地域の人」と信頼が薄れてきたという事です。
先日、総代さん方と区長さん方と会合を持った時「ぐうじ宮司は神事に来ない、信頼が置けない」と皆の前で言われた事は本当にショックでした。私はできるだけ優先をして、神事には行っているのですが、それでもまだ足りないのでしょう。ここは考えさせられました。
田舎のお宮だけでは生活ができないという現実です。
お宮の維持や備品を購入するのに、また運営をするのに今まで何百万円と言うお金を使って来ました。神司で貰ったお金はお宮に還している、そんな考えで本当に今までやってきました。職が安定していたからです。
生活を安定させるために、今は口演を優先させて頂きたいと本音で言わせて頂きたい。その思いと神事をおろそかにしているという思いとのギャップ。そして何より田舎のお宮だけでは生活ができないという現実です。
そしてこの事を息子に継がせる事はできません。
まず、このままだったら宇目町のお宮の宮司がいなくなるという事が二つ目の大きな悩みです。
限界集落のもたらす現実がこのお宮の世界でも表れているのです。いささか愚痴になりましたが、愚痴ばかりいては居られません。
これからはどうしたらいいのか、自分の考えを書かせて頂きます。…次回に書きます。

口演仮申込み

基本的にどこでも参ります。
皆さんが笑ってくれると私も元気になりますし、笑っている人も元気になってくれると思っています。
こんな私の噺でよかったら呼んで下さいませ。